Szeged、Reok Palace
ペーチからSzegedに到着。夜遅めだったのですが、とってもとっても暑かったのでお水を買いに近くまで出かけると、いくつかある広場はたくさんの人で賑わっていました。お酒を飲みに繰り出すと言う訳でもなく、会話を楽しみつつ友人同士や家族で食後のコーヒーやアイスクリームをカフェで、少し涼のとれる夜を活用している様子。
私も人気のあるカフェの自家製のジェラートを食べてみました。イタリアのジェラートよりもこってりしていて甘めですが美味しかったです。歩いていると薄いライラック?ピンク?とミントグリーンの色合わせが先ほど食べたアイスクリームのような、ちょっと変わったアールヌーボーの建物のまわりが賑やかです。中を覗くと子供連れの方の多いこと。どうやらここはギャラリーで、3フロアにわたる絵画の展示をしており、その夜は絵画の人気投票イベントが行われていた様子でした。真剣にお気に入りを選ぶ子供達でした。夜中まで家族で来れる文化的なイベントがいろいろあるのは良い事だなあとおもいました。
ここはReok Palace という1907年にEde Magyarと言うハンガリー人の建築家のよって建てられたマンション。さっき調べたところ、美術館としての開館は去年、ゴヤの絵画展の開催だったそう。
ペーチの宿
午後はバスでペーチに移動。立派な町並みの素敵な町でした。ただ週末だったのでツーリストインフォメーションが早くしまっていて、ロンリープラネットに載っていたホテルへ行くとどうも開いていない様子。と、隣に“Zimmer Frei"(free room)と描かれた古いトランクが看板がわりにぶらさがっていました。
古いトランクの看板!ここに泊まってみようと思い、部屋を見せてもらって泊まることに。下の大家さんの住んでいる部分もちょっと覗いたのですが、古いもの、アンティークで埋めつくされ時が止まったようなお家でした。大家さんは留守で、大家さんの娘さんと彼氏がいらっしゃったのですが、2人ともなんだか家中にひしめいている古いものに生気を吸い取られたような雰囲気。下のお部屋、勇気を出して写真を撮らせてもらえばよかった。ペーチの街を散策するのを兼ねてご飯を食べにゆき、部屋に戻ろうとすると、廊下に先客が。
このお方です。写真をとっても、まったく動きません。写真をみると、まるでオランダの静物画のようです。
廊下のディスプレイも凄かったです。これは、腕でしょうか?腕の張り子?
お部屋も現代的なものと言えばテレビとアイロン位で、時間が止まったかのような雰囲気です。
また今度来れたら一人ではなく友人と泊まってビデオを撮ってみたいと思いました。バジェット旅行の度に、色々な面白い宿に泊まるのですが、ここはいままでの中では5本の指に入るインパクトでした。ちなみに五本の指の中でトップ(親指がトップでしょうか?)はリトアニアのクライペダで泊まったホテルヴィットリアです。まるでホラー映画のセットのような1910−20年代に建てられた、昔は立派であっただろうホテルで、ボロボロのトイレからはきしむ音が一晩中聞こえたり、暗い中スポットライトを浴びたロビーの鉢植えのお花が20年はお水をあげてない様子だったり、だだっ広い暗い廊下の終わりだけなぜか薄明るかったり、内装も開館当初のまま時間に逆らえず朽ちて風化してしまったかのよう。でも、こういう所でシアターやエキシビションが出来たらきっと面白いだろうなと思いました。
確かLちゃんと2人で泊まって一人10ユーロ、怖い怖いと言いながら写真をいっぱい撮ったり怖い話をしてみたり、とっても楽しかった記憶がありますが、さすがに夜一人でトイレに行くのは怖かったです。
雰囲気のあるペーチの看板です。
街の時計も可愛らしいです。
翌日、行こうと思っていたノミの市は日曜日だそうで、ちょっとがっかりしましたが、気を取り直して大家さんに教えてもらったアンティークショップと古本屋を何軒か廻りました。
ハンガリーの絵本は芸術性が高く、古本屋さんで色々な本をパラパラするのはとっても楽しい時間です。自分用の資料やイメージも探します。絵はがきや社会主義時代のレトロなグラフィックのパンフレット、手芸本、時にはレコードなども扱っているお店もあります。
2軒目の古本屋さんの店主はとっても話し好きで、積み上げてある本の中から興味のありそうな本を探し出してくれたり、50年代のプロパガンダパンフレットを訳してくれたり、「邪魔したら悪いから」と遠慮しながらも色々な話をしてくれ、記念にとペーチの写真をくれたりと大サービスでした。
アンティークショップで素敵な刺繍クロスやテーブルクロスを沢山発見、買い付け旅行の使命なのでああ、よかったと持てるだけ買いました。
午後はバスでSEZGEDと言う街に移動しました。
ハンガリーでうろうろ
ハンガリー旅行、今回の旅の始めはバラトン湖のほとりのKeszthely という町でした。ロンドンから直行便が出ているので、夏ということもあり(夏の大都市はちょっと辛いです)今回はブダペストではなく夏の避暑地、バラトン湖に飛んでみました。
Keszthely はほかの町と違い観光収入のみに頼っている町ではないので、静かで落ち着いた小さな町でした。バラトン湖のほとりを散歩したり、小さなファームハウスの展示(織物や刺繍、フェルトのワークショップもやっているそう)を見に行ったりと楽しめました。
ゲストハウスは一人でツインルーム(トイレ バス付き)に泊まって2200円ぐらいでした。ゲストハウスの大きな犬が2匹、いつも構われるのをまっていて可愛かったです。
バラトン湖に向かう途中に通った公園の写真です。
翌日は近くのHaviz という町にある、有名な温泉湖に泳ぎにいきました。そこの湖はレディオアクティブだそう。25度−30度くらいの広い湖にドイツ人のおじさまとおばさま達がたくさん浮かんでおりました。私も浮き輪を借りて2時間ほどプカプカ浮かんでみました。泳ぎの苦手な私でも浮き輪を使って湖の端から端まで泳いでみました。とっても気持ちよかったです。別料金ですがマッサージもあり、さらに病院まで付いていてびっくりでした。この町は湯治の町のようでこの温泉に入るためだけに1週間以上滞在する方が多いとか。リューマチとか病後とかによいのでしょうね。私も将来リューマチになったら湯治にぜひ泊まりがけでいって、同年代の人達と体調や持病の話に花を咲かせてみたいなと思いました。
2008年7月20日 (日)
夜行列車とストライキ
夜10時過ぎ、ようやくゆっくり眠れる!とに眠りに着いた私たち、「途中でパスポートコントロールに5回位起こされる以外はとっても快適」と聞いていたので安心してウトウトしていると、なるほど、30分に一回位パスポートコントロールが回ってきます。確か、セルビア、ボスニア、クロアチア、スロバニアを通ってイタリアへ到着とのこと。小さな国に入る時と出る時にパスポートコントロールがあります。そして、「その箱はなんだ」「テディベアです」「開けてください」と2回箱を開けることになりました。テディベアの中身を開けられたりしなかっただけよかったです。
「箱が傷むから開けたくなかったのに」と言う私に、「確かに怪しいし、テディベアって答えももっと不審だ」と言う友人。
後は朝7時までスヤスヤ眠るだけのはずが、朝の2時、例の車掌さんに起こされる私たち。「イタリアでの鉄道ストライキのためあと25分で列車を乗り換えてください」とのこと。何?どうして?「車掌さんのリベンジかしら?」とりあえず、眠い目をこすりながら荷物をまとめる2人。列車はスロバニアのどこかに停まり、寝台車から普通の列車に乗り換えです。周りを見ると、皆パジャマ姿のままだったりして、だれも事態を把握できていない様子。とりあえず、席を確保してウトウトする私達。前に座っている女性と少し会話し、2時間位でまた列車が停まりました。
一体何が起きているのかさっぱり分からない2人。どうやら、ここはスロバニアとイタリア(トリエステ)の国境の駅のようでした。朝4時半、とりあえず荷物を全部持って駅の外へ。するとさっきの乗客は一斉に一方向に向かって歩いていってしまいました。私たちは荷物があるので、もう少し状況が分かるまで動かないことにしました。しばらくするとどうもここからは列車がなく、もしかすると朝の7時にバスがトリエステまで(15km位だそう)出るかもしれないとのことでした。トリエステまで行けば、そこからベニス行きの列車が本数は少ないけれど出ているとのこと。
バスステーションは歩いて100mくらいの所にあったので、荷物を移動させバスを待つことにしました。朝5時、バスステーションのカフェも開き、Lちゃんは「エスプレッソ!」とカフェをチェックしに。しばらくするとエスプレッソを2杯両手に持ってイソイソと戻ってきました。箱をテーブル代わりにエスプレッソを飲む私たち。「久々の美味しいエスプレッソ」と満足気な友人。
周りは憔悴して眠っている人、これからどうしようか話し合う人などで呑気に記念撮影したりコーヒーを飲んだりしているのは私たちだけでした。するとさっき列車で前の座席に座っていた女性がやってきて、「バスも全面ストライキで動かない、さっき近くのホテルに聞いたらタクシーでトリエステまで行くしかない、でもこの町にはタクシーが黒のメルセデス1台しかない。イタリアからタクシーを呼んでもらったからトリエステまで一緒に行かない?一人10ユーロで30ユーロだって」
と言ってくれました。とっても有り難かったです。暫くすると、彼女の呼んだイタリアのタクシーが来ました。タクシーが来たと情報を聞きつけた他の乗客が、「ベニスまで行ってくれ」と乗り込もうとしたり、今度はタクシーの奪い合いです。結局はタクシー運転手同士電話し合って、次々とタクシーが来たようです。
タクシーに乗っても気が抜けません。なにせイタリアのタクシーです。途中でガソリンスタンドに寄った運転手、メーターをそのままにしてお金を払いに。そこでLちゃんとその女性は、「さっきから2.5ユーロ上がってる!」と戻ってきた運転手に抗議。トリエステに到着すると、最初に言っていた30ユーロよりも安かったので(2.5ユーロをいれても)じゃあコーヒー代に取っておいたらと2人が言うと、「さっき吊るし上げられたからちゃんと2.5ユーロ引く」と運転手。
トリエステは海岸のとっても美しい町だそうで、荷物がなかったら一泊してもよかったなと思いました。駅で列車を待つ間タクシーをシェアした女性としばし会話をする私たち。彼女はセルビア人の画家で、フィレンチェにスタジオがあるそう。Lちゃんも写真家なので、「わたしは時々写真家」と言うと「いつ?ストライキしてない時?(イタリア人だから)」と気の利いた返事が。彼女がいなかったらあと1時間以上バス停でのんびりしたり、はてはカフェで朝食を食べたりしてこないバスをまっていたであろう私たちでした。
列車の席が離れてしまったので、後でメール交換しておけばよかったなと思いました。
朝食は蜂蜜とシリアルの入ったブリオッシュ。美味しかったです。朝7時15分発、11時半にボローニャに到着の列車です。例によって箱の置き場がなく、特にヴェネチアからはバックパッカーと旅行者が山のように乗ってきました。車内でコーンフレークを紙コップに入れて朝ご飯を食べるオーストラリア人のバックパッカー2人。箱も何度も開けたり移動したりでかなり傷んでいるところに、皆が荷物を置いたりとちょっとハラハラしました。もし箱が全壊したらどうしようと。
やっとボローニャに到着、荷下ろしに親切なお兄さんに手を貸してもらい、エレベーターで出口まで。エレベーターは係の人に頼んで開けてもらうのですが、近くまで行き、「あれ?いない」と思ったらベンチに寝転んでいたお姉さんが起き上がり、開けてくれました。ストライキ中だったのでしょうか。
特別な地下通路を通ってもうひとつのエレベーターまで移動。もしかして階段をつかったほうが良かったかな? 荷物を一旦預けて郵便局へ。思いのほか送料が安かったので(船便、18kgで55ユーロ)「ドイツより安い!」と喜んでいると、「イタリアでは送った物が着かないことがよくあるの」
とLちゃん。でも先日無事に着いてくれてよかったです。
ブダペスト最終日
ブダペスト最終日。日曜の夕方、ブダペスト発ーヴェニス行きの夜行列車に乗ったのですが、朝一番で荷物を送ろうとしたところ、日曜も開いていると書いてあるのに郵便局がお休みで、18kgの箱を持って走りまわることに。まずタクシーでKeleti駅まで行き、駅の郵便局へ。なんとお休み。
そこには南駅の郵便局の営業時間が表記されており、日曜日は10−17時までとありました。しょうがないのでバスとトラムを使ってもう一つの駅まで。ところが南駅の郵便局もまさかのお休みでした。
どうしようとしばらく考えて、テスコの郵便局は24時間無休と書いてあるのを見つけ、地図とにらめっこする私。
うーん、どこかわからない。
とりあえずKeleti駅に戻りつつ考えようとトラムに乗り、バスに乗り換える地点でタクシー乗り場を発見。運転手さんに、テスコの郵便局へ行きたいと伝え、最初にATMでお金をおろしてくると言って荷物を預かってもらい、ATMを探しに。
10分位探してもATMが見つからないので、あきらめてタクシー乗り場に戻ると、「テスコの郵便局は今日休みだよ」とタクシーの運転手。
仕方がないのでKeleti駅に戻り、荷物とともに待っているLちゃんのところへ。すると、「私を置いてどこかで美味しい朝ご飯を食べているのかと思った」とのこと。箱と荷物をLeft Baggageへ預けて駅で朝食用のパンを買い、2人でペトフィの蚤の市へ。
到着するとあと1時間で市が終わりらしく、皆お店を畳み始めていました。慌てて一回りする私たち、友達はお父さんへのお土産、自分用のネックレスを購入。私は可愛いクマちゃんを何匹かと刺繍クロスを発見することができました。
蚤の市の後、楽しみにしていたセーチェニ温泉は時間がなくて諦めることに。駅に戻り、友人にほかの荷物を見てもらっている間に箱を荷物預かりの所からとってくると、見知らぬおじさんが友人の荷物を運んでいて、問題の箱も運んでくれました。おかしいなあと思いながらも荷物をすべて列車に積み込むとお金を請求されました。
どうやら友人の話では彼女がチケットを見て車両を探していると、おじさんがチケットを引ったくって「こっちこっち」と駆け出したそう。まず最初になんの確認や交渉がなかったので私たちがお金を払えないと言うと警察を呼ぶと言ってきました。警察?願ってもない。そこで、「じゃあ、どうぞ電話してください。」と言うと誰かに電話している様子。反応のない私たちをみて、英語で「警察が来るぞ」と電話口で言うおじさん。あまりにおかしくって笑う私を止める友人、結局あと2分で列車が出るのであきらめて降りてくれました。
そしてその10分後、車掌さんが箱を見つけてこれは大きすぎるから持ち込めないけど、最低10ユーロ払えばで見過ごしてあげると言うのです。分かりました。じゃあ、少し考えますと言うと一旦出て行きました。
「Lちゃん、お金を払ったら問題が解決すると思う?最低10ユーロってどういうこと?」Lチャン、「もし箱が持ち込めないならチケットの裏の規約にそう書いてあるはず、でもそんなはずはないよね、大きなスーツケースは持ち込めるもの」私「どっちみち私ユーロ一銭も持ってないし、フォリントも4ユーロ分しかないよ」Lちゃん「でももし途中で車掌さんがかわった時にどうやって箱代払ったって証明するの?レシート貰えるか訊いて、もしレシートが出なかったら払わなければいいんじゃない?」なるほど。
そこで車掌さんがまた戻ってきた時に、10ユーロはないけれどその半分くらいならハンガリーのお金があると言うと「それで構わないから払ってくれ」との返事。わかりました、じゃあレシートを下さい。と言うとレシートはないというので、それならば払えないと言うと、「ほかの車掌にはもっと罰金を請求されるぞ」と捨て台詞をのこして諦めてくれました。
2人を無事にやり過ごしてはしゃぐ私たち、箱と記念撮影をしたり、夕飯を食べたりと箱、クマちゃん4匹、ハンガリーのパプリカソーセージちゃんと私たちで8人でのピクニックを満喫。「もう他の乗客が入る余地はないよね」と私たち。
もう一枚、箱の写真です。
乗り合わせたクマちゃん達の写真です。
可愛いでしょう?









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