ルーマニア

2008年10月17日 (金)

ルーマニアの村

こんにちは。 さて、先日このブログを書く為に何気なくルーマニアのガイドブックをパラパラ眺めていたら、ある記事が目に止まりました。それは、「チャオセスク政権時代にルーマニアの農村を取り壊し、新しい工業都市を建てる計画があり、取り壊し予定だった村は8000にのぼる」と言うような記事で、取り壊し予定の村は主にトランシルバニアに集中していたと書いてありました。  結局は国の財政難でこの都市化計画は思うように進まず、取り壊された村は20程に止まったらしいのですが、もし実行に移されていたら私の訪れた村も、次回行ってみたいと思っている村々ももう無くなっていて、代わりに社会主義スタイルのコンクリートの��物が並んでいたのかと思い、この計画がほとんど未完に終わってよかったなと思いました。  そもそも、この都市計画とは何だったのだろうと思い、調べてみました。大まかなところはこんな感じです。  ルーマニアは1940年以前はロシアと並ぶ農業国で、その後の不均一な発展は農村部と都市部の激しい格差を産み、農村部から都市へのコントロールされていない移住は都市への負担となり、また農村部の労働力として女性、子供、老人に頼ることが多くなりました。それらの問題は理想主義の立場において認められないものでした。    そこで1972年、政府はこの問題に答えるために近代的な工業都市を農村部に新しく作る案をだしました。  1974年から公式に始まったこの計画、1990年までに都市の数を倍にする見通しを建て、550の村はそれらを工業都市に作り替えるための資金と物資を受け取る対象に選ばれました。    この都市計画は学校、病院設備、新しい住宅、そして新しい産業への資金投入をうたっていました。 資金と物資の援助を受ける条件として、村の人口が3000人以上であることが上げられましたが 、大部分の村は人口が1000人未満、500人を切る村も多く、それらの村々は経済成長の要素がすくないため不要と見なされました。 1970年代の予定では3000の村が不要とされ、それらは強制的にとり壊されるか、あるいは村のケアを最低限にすることで段階をおって住民は都市化される村へ移住を止むなくされる予定となりました。  それらの住民は都市化される事に選ばれた村に移住し、それによって都市化計画の設備投資がより有益に使われることになると言う理論でした。  計画自体はルーマニア国内を網羅していたものの、資金不足のため実施はほとんど進むことがなく、新しい街が建てられる事はありませんでした。 1980年代中盤に入るとブカレスト郊外のいくつかの村が空港拡大とブカレストードナウ運河の建設計画のために取り壊され、そして8平方キロメートルに及ぶブカレストの中心部が取り壊されました。この時に修道院、古い教会群、歴史的な建物がとりこわされ、4万人もの人々がたった24時間の勧告で家を退去する事を余儀なくされました。このエリアに建てられたものは5万人が集まれる広場や悪名高い国民の館がふくまれました。 国全体の都市化計画はただ引き延ばされただけであって無くなったわけではなく、その証拠として1987年には取り壊し予定の村は7000−8000に上っていました。 住民はこの都市化計画が劇的な社会的、文化的な混乱を招き、経済的な困窮を進めるものとして厭いました。    ハンガリーと西ドイツを匹頭とする国際社会はこの都市化計画を少数民族の文化を乱暴な形で破壊するもの(トランシルバニアの村が主として取り壊しの対象であった)として批難しました。  取り壊しを辛うじて逃れた村は教会に代わるものとして公民館のようなものを持つ事とされ、1989年までには多くの教会が取り壊され、再建の予定はありませんでした。  教会や村々の破壊は文化的、歴史的な過去への繋がりを壊しただけではなく、村の共同体の繋がりをも脅かすことのなりました。 というようなことだそうです。 もう一つ思ったことはもしもルーマニアがもっと豊かだったなら、または民主化が早く進んでいたならば、やっぱりそこまで伝統的な暮らしや文化は残っていなかっただろうなと言うことです。今でも生活は苦しいらしく、「チャオシェスク時代の方がくらしが楽だった」と言う意見も多いそうです。 ルーマニアから伝統的な暮らしや文化が消えないうちに、また時間をかけてまわってみたいと思っています。今度はお祭りを見に行ったり、普通の民家にもお邪魔してみたいです。 トランシルバニアでは馬やロバ、馬車を一週間単位で借りて旅行する事も可能!だそうです。素敵ですね。 http://www.greenmountainholidays.ro/home.html



ヨーロッパの旅で出会っ��アンティークは

 

2008年7月31日 (木)

Rimiteaの民族資料館 1

素晴らしい刺繍の数々です。お家で紡いで織った布に、手刺繍、縁取りのレースも手編みなんて素敵の域を超えています。

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ヨーロッパの旅で出会ったアンティークは

トランシルバニアへ

今回の旅の目的は、商品の買い付けとともにルーマニアのトランシルバニアを訪れることにありました。ブダペストの蚤の市や古いテキスタイルを扱う店でよく見かける、独特のモチーフの赤や青一色のあたたかみのある刺繍。時々トラムの駅や温泉の外でもプリーツの入った民族衣装のスカートをはき、頭にはスカーフのおばあさんが同じような刺繍のテキスタイルを売っているのを見かけます。     これはトランシルバニア地方の刺繍だと聞き、そのうちぜひ訪れてみたいと思っていました。トランシルバニアと聞いて、最初はドラキュラ以外思いつかなかった私ですが、去年知り合いがトランシルバニアを旅行した時のビデオに、馬車、ガチョウ、おばあさんがすごい田舎を背景にカメラの前を通っている映像があったなあと思い出しました。 調べてみると、トランシルバニアは第一次世界大戦前まではハンガリー領でハンガリー人も多く住み、伝統文化を守って暮らしているそう。      ハンガリーとルーマニアの国境近くの都市までゆけば、列車かバスがあるはずと思い、セゲドまで行ったのですが、あまり接続がよくなくて、クルジまでたどり着くのに1日近くかかってしまいました。どうやらブダペストから直接列車に乗った方がよかったようです。      セゲドから途中で乗り換えの駅、Bekescsabaでは次に乗り継ぐ列車まで4時間あったので駅に荷物を預けてうろうろすることに。中心へ向かう途中に手芸屋、生地屋を発見、可愛い生地やテープを購入。古いスロバキア人の農家が見学できると聞いたのでいってみるとちょうどお昼休みで閉まっていて、覗くととても素敵だったので残念でした。    ルーマニアでも2回乗り継いだのですが、タクシーの運転手が駅でチケットを買うのを手伝ってくれたり、ホームで一緒に次の列車を待っていたロマの女性が私のコンパートメントまで遊びに来たり、大学生らしいハンガリー人2人がおしゃべりしに来たりと他の国、とくに西欧に比べると人との距離感が近い感じが不思議でした。気温の少し下がる夜、窓を開けるとハンガリーよりも湿気を多く含んだ風が入って来てなぜか感傷的な気分になりました。     クルジナポカでは若い夫婦と子供2人、旦那さんの母親がいるお家のプライベートルーム(といっても、離れになっていてシャワーもトイレもついていました)に泊まりました。     翌日、Rimiteaという小さなハンガリー人の村に行ってみることに。20そこそこの若い奥さんはとっても親切で、用事のついでに一緒に駅まで来てくれたり、バスの時間を調べてくれたりしました。 バスはRimiteaまでは行かないそうで、バスの運転手さんにRimiteaに一番近いところで降ろしてもらいました。歩いて3kmとのことでした。    誰もいない、田舎の道をてくてく歩いて行くと、暫くして売店がありました。    そこの人達に、Rimiteaはどこですか?と聞くと、あと8km先とのこと。英語の流暢な男の子に、「歩いていくつもりなの?泊まる所はRimiteaにあるの?帰りはどうするの?」と言われ、泊まる所はないけど日帰りするつもりだと言うと、「歩くと遠いからヒッチハイクをするといい、車を止めてたのんであげる」といって通りかかった車を止めてくれました。  ちょっと心配だったのですが、「ルーマニアではヒッチハイクは一般的で、この人達はお金はいいっていっているけど普通はバス代くらいのお金を渡すのがきまり」といわれたので安心しました。「帰りはBuruっていう村まで行けば、そこからバスがでてるし、Rimiteaでもきっと英語のできる人がいるから大丈夫」とのこと。    男の子と子供達に「何人?ルーマニアの印象は?なんでこんな所旅行しているの?」と色々質問され、そこのおばあさんは甘いサクランボをひとつかみくれました。 Rimiteaに到着すると、そこはとても静かな村でした。小さな古い農家が沢山あり、ときどきおばあさんやおじいさん、ガチョウなどをみかけ、バルコニーにいる女の子が笑顔で手を振ってくれたりしました。見るものといえばハンガリー伝統の独特な曲線の装飾的なゲート、お家、教会、水車、そして小さな博物館。博物館にはこの村の伝統衣服、刺繍、お家の内部を再現した展示などがあり、どれもとっても素敵でした。 村の写真です。 Dsc02498 Dsc02488_2 Dsc02490 Dsc02492 Dsc02493

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ヨーロッパの旅で出会ったアンティークは

Rimiteaの民族資料館,トランシルバニア

さて、今日は民族衣装の紹介です。このハンガリー人の村では、イースター、お祭り、日曜日の朝には、未だに皆民族衣装を着ているそうで、次回は是非見てみたい!と思いました。 女性の衣装です。 Last_12_months37 これは、子供用だと思います。 Last_12_months38 花柄のエプロンと手の込んだスモッキングが美しいです。 Last_12_months39 Last_12_months40 ヘッドピースのリボンの織りが素敵です。 Last_12_months47 Last_12_months49 Last_12_months44 Last_12_months48 この深みのある独特の色使いも周りの自然と光の加減によく合っていてとても美しかったです。 Last_12_months50

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